『salyu』と共に(前編)

音楽

『salyu』というアーティストがいる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          「唯一無二の歌声」と言われ、同業者からの評価も高い歌い手である。

くるりの岸田繁は「天にも昇るかのような歌声」と評し、Superflyは「強く記憶の中に残る歌声」と語った。僕なら「五臓六腑に沁み渡る歌声」と言いたい。

天性の歌声で皆を魅了するsalyuだが、僕にとってはただの歌い手ではない。

salyuの歌声に魅せられ、救われてきた。                                                                                                                                                                                                   もっと言えば、ある時期を、salyuと共に歩んできたと言っても過言ではない。

ここでは、自らの半生を振り返りながら、salyuの魅力を書き残しておきたいと思う。

【salyuとの出逢い】

2007年、安倍元首相が突然辞任し、陣内が紀香に「永遠に共に」を歌ったその年、僕はTSUTAYAに通っていた。

2006年映画『フラガール』で蒼井優が気になり、過去作を探していたところ、『リリイシュシュのすべて』にたどり着く。                                                                               何気なく観始めたものの、内容が重すぎる映画で、ひたすらドンヨリした記憶があるが、それ以上に記憶に残ったのは作品中の歌だった。

映画の中で神格化された歌い手『Lily Chou-Chou(リリイシュシュ)』                                            それこそが、『salyu』だった。

salyuはすでに活躍をしていた。

2001年、Lily Chou-Chouでメジャーデビュー

2004年、salyuとして1stシングル『VALON-1』リリース

2005年、1stアルバム『landmark』をリリース

恥ずかしながら、僕はその存在を知らぬまま2007年を迎えていた。

salyuが活躍している同時期、僕には6年間付き合っている彼女がいた。大学から付き合い始め、社会人になってからは遠距離で、なかなか会えていない彼女がいた。                                                                                              その彼女から、1通の手紙で別れを告げられたのが、2007年。

彼女に振られ、salyuと出逢った。

【salyuとエーテル】

salyuと出逢ったその年、2ndアルバム『TARMINAL』がリリースされた。

別々の道を選んだ二人が、プラットホームでまた会えるのかも。そんな予感をさせる曲だ。僕の中でまだ、別れた彼女に未練があったのかもしれない。

しかし、時の経過とsalyuの歌声によって、未練も次第に薄れていく。                                            『TARMINAL』、遡って聴いた1stアルバム『landmark』、Lily Chou-Chou『呼吸』、どれも失恋の傷を癒してくれた。

『回復する傷』はLily Chou-Chouの曲である。歌詞らしい歌詞がないのだか、だからこそ、ストレートに響く。「五臓六腑に染み渡る歌声」これこそがsalyuの魅力だと感じさせてくれる。                                                                            歌声を傷口に直接塗り込む、軟膏のような一曲。ムヒアルファEX並みに即効性がある。

salyuの歌声は、癒やしとか、母性とか、薬用効果とか、色々と感じられるから不思議だ。

『リリイシュシュのすべて』を観た人なら分かると思うが、作品の中に「エーテル」という謎の概念が存在する。                                                                                                              映画を観ただけでは、正直その概念がよく理解できなかったが、『回復する傷』を聴いてやっとエーテルを分かった気がする。

【salyuと道しるべ】

2008年、福田元首相が辞任し、誰もががエドはるみの「グ〜!」をやっていたその年、僕の傷口もsalyuの歌声によって徐々に塞がれていた。

その年に友人が結婚式を挙げ、そこに出席していた女性と知り合う。音楽好きの明るい女性だった。 salyuのことも知っていた彼女とは、音楽を通じて次第に仲良くなっていった。

ちょうどその頃、salyuのベストアルバム『Merkmal(メルクマール)』がリリースされ、初の武道館公演も発表された。

2009年、salyu初の武道館公演に、その彼女を誘った。デビュー10周年を迎えるsalyuのライブは、それはそれは素晴らしいものだった。

感動的なライブの高揚感そのままに、彼女に告白をした。

そして、高揚感そのままに、振られた。

塞がりかけた傷口が、また開いた。

タイトル「VALON」は、フィンランド語で「光」を意味する。                                                                    暗闇に落ちた僕は、光が見えないまま波をかいている状態だった。

ライブの力を利用して、何かいい思いをしようとした人間への、当然の報いだった。

きっと 月の光と 夜の闇と 宙を舞う夜光虫へと

まさに、暗い海を漂う夜光虫だった。

それから数ヶ月間、まともにsalyuを聴けないほどショックを受けていた。                                                   光を求めて、社交場に繰り出してみたりもしたが、連絡先すら聞けず、ただ虚しく、傷口が広がるばかりだった。

いったん自分を見つめ直そうと、コロナよりもだいぶ早くステイホームに入った。                                                     そんなある日、ラジオからある歌が流れてきた。salyuの『to U』だった。

桜井さんと歌う『to U』も良いけど、僕にとっての『to U』は、やはりsalyuの『to U』だ。

何度も何度もこの曲を聴いた。                                                                  聴きすぎて、パブロフの犬のように、イントロを聴いただけで涙を流せる能力が身に付いた。

いまを好きに もっと好きになれるから あわてなくてもいいよ

光を求め、必死に社交場に繰り出していた僕を、「あわてなくていい」「がんばらなくていい」と、salyuの歌声がオブラートのように優しく包み込んでくれた。

『Merkmal』は、ドイツ語で『道しるべ』を意味する。                                                                              暗い海を漂う僕に、salyuは進むべき道をそっと教えてくれた。

こうして僕は、salyuに2度も救われた。

つづく

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