【花束みたいな恋をした】
主演、菅田将暉、有村架純
花束、恋、美男、美女。
この4単語だけで、感情移入が難しい映画だと勝手に決めつけていた。今をときめく若手俳優が、なんやかんや乗り越えてハッピーエンドする、そんな甘めな映画だと勝手に決めつけていた。
しかしその決めつけは、早々に間違いだったと気付かされる。普段接するメディアから、絶賛の声が聞こえてくる。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」では宇多丸師匠が絶賛し、youtubeでは又吉直樹が絶賛していた。
劇場公開や配信開始からしばらく経ってしまったが、絶賛の嵐に背中を押される形で、ようやく観るにいたった。
【仕事という最強の恋敵】
ここから先はネタバレを含みます。
この映画の肝は、どんなに相性が良く信頼し合ってる二人でも、「仕事」は強敵であるという点。最強の恋敵は、魅力的な異性でも過干渉な親でもなく、「仕事」なのかもしれない、そう思わせてくれる所にある。
物語前半、麦(菅田将暉)と絹(有村架純)の出会いから仲良くなるまでの過程が描かれるが、その様子がとにかく良い。この二人に幸せになって欲しいと、心から思える。小松菜奈さんには申し訳ないが、「現実でもこの二人に一緒になって欲しい!」そんな気持ちにすらなってくる。それほど良い。
そんな最高の二人が、物語後半ではお互いを想い就活や仕事を始めるが、しだいに歯車が狂いだす。特に分かりやすいのが麦(菅田将暉)で、徐々に仕事が忙しくなっていく様子が、かつての自分と重なって切なくなる。
付き合い初めの頃は、好きな小説家の新刊を楽しみにしていた麦だが、仕事に就いたあとでは、本屋でビジネス書を険しい顔で読んでいる。分かる、とてもよく分かる。分かりすぎて、菅田将暉が自分に見えてくる。
一度狂いだした歯車は、なかなか止めることができず、結局二人は別れてしまう。とても切ない、残念すぎる別れ。二人が別れるファミレスのシーンでは、あまりの切なさに涙が溢れ、花束ができるくらいティッシュを使ってしまった。
【麦と絹がうまくいく方法】
二人に幸せになって欲しいという、僕の願いは叶わなかった。やはり、仕事という恋敵は一筋縄ではいかなかった。では、どうしたら麦と絹がうまくいったのか。その方法を僕は知っている。なぜなら、二人の歯車が狂い始めたときの、あの感じを過去に経験しているからだ。
娘が1歳くらいのとき、僕は仕事に忙殺されていた。「忙しさに殺される」まさに忙殺。それは、自分だけでなく、家族をも襲ってくる。平日は朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくるため、娘を抱くことすらできない。休日もパソコンに向かい、家族との時間は事務的になる。妻には、ほんと申し訳ない日々を過ごさせていた。
家族と過ごすためには、仕事をする必要がある。しかし、仕事をすればするほど、家族と過ごせなくなる。このパラドックスに、僕も見事にハマっていた。
そこから抜け出す方法を、ある時ふと考えた。通勤電車に3時間揺られながら考えた。ひとまず、この通勤時間と、家で娘と遊ぶ時間を比較をしてみた。一年分を計算してみた。結果、仕事を辞めることを決意した。
あの時の計算がなければ、一生パラドックスから抜け出せなかった気がする。一旦仕事を辞めることで、家族を辞めなくて済んだと本気で思っている。
麦と絹のような二人が、日本中にたくさんいるに違いない。二人とは限らない、僕のように家族を持つ人たちもいる。多くの人たちが、「仕事」という恋敵に邪魔をされ、夢半ばで敗れていく。それほど「仕事」は強い。現役最強だ。
そんな最強の恋敵に、勝つまで戦うことも選択肢の一つかもしれない。ドラクエでいえば「ガンガンいこうぜ」「みんながんばれ」もアリかもしれない。でも、本当に負けそうなときは「いのちを大事に」「逃げる」の選択もアリなのではと、大きくなった娘を見ながらしみじみ思う。